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岡山城の概要

岡山城は、金川の松田氏に属する小城に過ぎなかったものを、1573年に宇喜多直家が入城して拡張したのが始まり。宇喜多秀家が豊臣秀吉の助言で城郭の整備拡張を行い、8年の歳月を費やし1597年に天守閣が完成する。宇喜多秀家が関ヶ原の戦いで敗れた後は小早川秀秋が城主となり、小早川秀秋亡き後は池田家を藩主として岡山藩の城府となる。
17世紀末には、旭川の対岸の北側に広大な大名庭園である後楽園が造営された。
背後を流れる旭川を天然の外堀に活用しているのが特徴。
天守閣の壁には黒漆塗りの下見板が取り付けられているため外観が黒く、烏城とも呼ばれる。

住所 岡山県岡山市北区丸の内2-3-1
TEL 086-225-2096
休業日 12月29~12月31日
営業時間 9:00~17:30(入場は17:00まで)
料金 大人300円・小中学生120円
アクセス 路面電車「城下」駅より徒歩10分ほど
駐車場 烏城公園駐車場 1時間300円(30分追加100円)
※ 岡山城天守閣の入場者150円割引
ホームページ http://okayama-kanko.net/ujo/
※データは取材時のものです。実際とは異なる可能性がございます。



見所と詳細情報

廊下門

表書院(中段)から本段(上段)に渡した長廊下の下手に設けられた門が廊下門と呼ばれる門。現在の門は昭和41年に鉄筋コンクリート造で再建されたもの。

月見櫓

二代目藩主の池田忠雄が岡山城の増改築に際して、表書院の防衛の為に建てた隅櫓。本丸内で唯一戦火による焼失を免れた建物で、重要文化財に指定されている。

表書院跡

表書院は岡山藩の政治が行われた建物で、数棟からなり大小60を超える部屋があった。発掘調査で出土した礎石などの遺構は地下に保存し、地表には建物の位置や間取りを表示している。

泉水

表書院の中庭にあった泉水は、発掘調査で出土したものを復元したもの。水が漏らないように底に漆喰を貼り、北東の井戸から備前焼の土管で給水する仕組みで、中の島に湧水口が設けられていた。

不明門

不明門(あかずのもん)は、表書院から本段に上る石段の入口に設けられた渡櫓門。平素の出入りは北端の渡り廊下を使用し、この門は殆ど閉ざされていたことから不明門と呼ばれた。明治の廃城で取り壊されたが、昭和41年に鉄筋コンクリート造で再建された。

六十一雁木上門

本段から川手に通じる石段道の上にある門で、段が61段あることから六十一雁木上門と呼ばれた。

天守閣の礎石

天守閣が元の位置に再建された際に、鉄筋コンクリートでの再建であったため、元々の礎石は少しずれた位置に元の通りに配置して展示されている。

天守閣

岡山城の天守閣は1597年に3層6階建てで落成する。壁には黒漆塗りの下見板が取り付けられているため外観が黒いのが特徴。昭和20年6月の戦災で消失し、昭和41年に元の位置に再建される。

備前焼工房

城内1階には備前焼工房があり有料で備前焼体験もできる。決まった時間で1日数回開催されており、所要時間60分ほど。

お城茶屋ゆき

城内1階には甘味処もある。フルーツ王国岡山の果実をふんだんに使ったお城パフェが名物!

城内展示

2階から5階までは岡山城に関連した展示が行われている。池田、宇喜多、小早川時代と分けられた展示が行われていて見応えのある展示となっている。

天守閣最上階

岡山城の天守閣最上階となる6階からは360度のパノラマを楽しむことが出来る。平城ではあるが近くに高い建物が無いため雄大な遠景を楽しむことが出来る。

北側の展望

北側を望めば、旭川のバックに広がる広大な後楽園を一望できる。

南側の展望

南側を望むと、岡山県庁などの行政機関や、曲がりくねって下流に流れる旭川を望むことが出来る。

東側の展望

東側に目を移すと、岡山駅方面に向かって続く岡山の街の中心街の様子を見ることが出来る。平城のため遠望は利かないが、眺めはなかなかのものだ。


地図とアクセス




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